2007年3月31日土曜日

狂の時代

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかいて、心にうつりゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるおしけれ。
兼好

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
世中にある人と棲みかと、またかくのごとし。
長明

願わくは花の下にて春死なむ
そのきさらぎの望月のころ
西行

死を感じた時
生がいきいきと話しかけてくる。

平安の狂のなかに
生きる力がある。


西条市大保木の郷土史
書き始めました。

2007年3月29日木曜日

西行桜

遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるる

平安の時代を味わうゆとり。
少しだけ、自分を遊ばせよう。

桜が咲いた
この季節だけは。

2007年3月25日日曜日

大保木村や石鎚山麓の歴史の資料

いまひとつの村が過疎で自然に帰ろうとしている。豊かとはいえない環境の中で、生活をしていた村民の歴史を生活者の視点から記録したものである。
大保木村を愛し、家族を愛した著者・白石史朗の生き様を記録したものでもある。

タイトル:大保木村や石鎚山麓の歴史の資料
著  者:白石 史朗
発行者 :十亀 建広
発行所 :大同美術印刷株式会社 KON出版部

目  次:大保木村の由来
     歴代の大保木村の村長
     大保木村の村人のルーツ
       兎之山の十亀家は
       黒瀬の伊藤家は
       千野のの工藤家は
       千野のの坂東家は
       西浦の伊藤家は
       細野の曽我部家は
       西之川の高須賀家は
       東之川の工藤家は
     大保木の名所・旧跡
       嵯峨の神社
       東之川と西之川
       石土山や石鎚山の信仰
       東之川の観音さん
     大保木村の大木と京都東山・方広寺の大仏殿建立
     大保木村の医療機関と土地所有制度
     学校の歴史
     大保木の銅山と山林経営
     産業組合から農業共同組合へ
     大保木村の山の神と山岳信仰
     大保木村の氏神
     明治21年道路開設と村民の生活
     大保木村の石鎚山信仰
     あとがき
挨拶文:西条市長
    市会議長
    大保木会会長
    石鎚神社宮司
    極楽寺住職
    元大保木村出身市会議員
写真提供:大保木関係者

2007年3月24日土曜日

ノマディックが採用されなかった理由

展示会シーズンに入って
この処、展示会関連の仕事が多い。

大同美術印刷は展示会装飾業者ではないが、
製品カタログを作っている関係で
お客様の製品に詳しい

そのため、パネル制作、展示会企画、PR用映像などから
コンパニオンガールのキャスチングまで引き合いがある。

今年は脱廃材をテーマにして
組み立て式展示会ブース・ノマディックの販売
企画したが、採用されませんでした。

不採用理由は価格。

まだまだ、脱廃材よりも価格とPR効果!
というのが現状です。

地球号を食いつぶすまで、木材を使うことに
なるんでしょうか。

2007年3月23日金曜日

会社創りとロゴ作り

三井、住友のマークは有名です。
会社を立ち上げたら、やはり社名ロゴ作りましょう。

ロゴ広告でおなじみの大同美術印刷株式会社は、
企業様をロゴ作りで支援します。

名刺、カタログ、伝票と企業イメージは
ロゴで決まります。

2007年3月21日水曜日

日本ウイバークラブが演出する、これから始まる黄金の十年

日本ウイバークラブは
Information 情報・知識
Intelligence 知能・理解力・思考力 
Innovation 革新・刷新・一新  を生かします。


今年の税収は5兆円を超え、失われた10年は完全復活です。

この大きな税収は再度日本経済を大きく変えはじめた。
検索サイト Google を初めとし、Web2.0を柱とする新しいビジネス・モデルが矢継ぎ早のな急成長をしています。
こうした中、2006年は世界歴史に書き残される大きなエポックの年となりました。
それは人口が減少に向かったことです。
厚生省の調査によりますと、2020年には老人1人を1.5人で支え、なんと2030年には1人を0.8人が支えなければならなくなるようです。
これは考え方によっては大変な危機である訳ですが、逆に考えた場合ここにはとてつもなく大きなビジネスのチャンスがあります。
厚生省労働局の「中高年者縦断調査」によると、五十歳台の七割が六十歳以降も仕事を続けたい、しかも驚いたことには、可能な限り仕事を続けたいと考える人が65%ともいるということです。

この人口逆転現象とブロードバンド時代の先端テクノロジーであるWeb2.0に、Information、Intelligence、Innovationのいう知識・知恵の結びつけたとき、日本ウイバイクラブ構想という、大きなビジネスが見えてきます。

この時代の大きな流れを自分のビジネスに取り込む
知恵・知識を学ぶためには従来は学校に行き、教えてもらう。
この一方的に教えていただくという方式を、お互いに学び、教えるという方法にする。
我々は長いビジネス経験の中で多くのことを学んできました。
この経験を欲しがっている人が沢山います。
例えば、
教え方の上手なあなた、その教え方、世の中に役立ちます。
バランスシートの読めるあなた、その知恵を欲しがっている人がいます。

今まで学んだ知恵や知識を役立ててみませんか。

マーケティングが出来る方、株式投資の知識をお持ちの方、社内教育の知恵をお持ちの方、経理の知識をお持ちの方、マネジメントが出来る方、色々な方がおられます。
これらの知恵を日本ウイバークラブで生かしてみませんか。。
ブロードバンド、人口減少、コミュニケーションというくくりで、これから始まる黄金の十年を日本ウイバークラブト一緒に、幸せに豊かにすごしましょう。


日本ウイバークラブはこんな倶楽部です。

・自分で考えたこと、やりたいこと、いまやっていること、将来やりたいことを表現する場を作ります。
・自分の生き方、生き様、人生の豊かさを発信する場を作ります。
・自分の周りの人をもっと豊かにします。自分も豊かになる場を作ります。
・命あるかぎり、学び続けられる場をつくります。
・知的欲求を満たすことができる場を作ります。
・健康・経済的な安定・富・豊かな人間関係、常なる人格形成、常なる目的意識、常なる貢献意識を育てる場を作ります。
・日本ウイバーグラブ全員が情報企業家となる場をつくります。

自分メディア作りを支援します。

個人の知的向上心をサポートし、心が豊かになる生活の実現に寄与することで、社会に貢献します。われわれの重要なコンセプトは、人々の潜在能力を開発し、スキル、知識などあらゆる能力を最大限発揮できるように支援します。
知恵、知識という無体物を知的サービスという有体物(本、CD―ROM、データテキスト)に置き換えます。

今なら無料でウエブ2.0ビジネスの資料お送りします。

情報発信とコラボレーションで、生きがいある人生を日本ウイバークラブト一緒に目指しましょう。

ギガコンテンツとロゴ広告

桜の開花宣言がでました。
東京は靖国神社の桜で判断するんですね。
知りませんでした。

春になると
西行桜を思い出します。

ねがわくは 桜の下にて春死なむ そのむさらきの睦月の頃

と西行は歌い、吉野を出て、焼野原になった都の桜を弔って遊行した。
桜はいつも死者を無に還すために咲き誇る。
だから桜は必ず地中に死体を抱いて育つと言われている。
この悪臭が消えるとき、人はまた、再生を信じることになるのでしょう。
靖国に眠る魂の自己表現でしょうか?


我々日本人の心の拠り所は桜の花なんですね。
桜を歌った詩歌がこの時期心を豊かにしてくれる。

こういった詩歌に限らず、戯画、絵画などコンテンツを集め、整理し、
表題をロゴで表現する。

これを広告にしたら面白いと考え、ロゴ広告を広告のいちジャンルに加えてみました。

ロゴだけで作る広告。
始まったばかりです。が面白い!

大同美術印刷は特注の手提袋を作ります

大同美術印刷株式会社は社名、ロゴを入れた手提げ紙袋を
お客さまのご希望通りにお作りします。
手提げ紙袋は一般的にはオフセット印刷でおこないます。
サイズ、数量、色数、紙質、加工法によって
価格がことなりますので、其の都度お見積をさせていただきます。
紙質は片ツヤクラフト、晒クラフト、コート紙などご用意できます。
紐は一般的にはPP紐を使用しますが、ハッピータック、アクリルス
ピンドル、紙紐、平紐がご用意できます。
PP加工を致しますと強度、高級感がでます。
大同美術印刷はデザインからお任せいただければ、
丈夫でデザインセンスの好いといわれる紙袋を作る自信があります。
大同美術印刷は高級美術印刷の会社ですから、印刷の美しさが自慢です。

2007年3月19日月曜日

ひさかたの 光のどけき 春の日に  しづ心なく 花の散るらむ

1.自助ということ
資本主義、社会主義、共産主義、民主主義と色々な主義がある。なにが良くてなにが悪いということは無い。やはり自由主義という主義が一番である。
全てのことを自分で選択し、行うことが出来るということが、人間にとって最良であることは、民族、宗教、貧富にかかわらず当たり前のことである。
豊かな人生を選択することも、また清貧の人生を選択することも自由であり、富を蓄えることも、自分の心が命じるままの生活をすることも自由である。この自由主義こそ人間が求める最高の思想である。人間の歴史はこの自由を手に入れるための戦いである。
究極目的が自由であるにもかかわらず、貨幣経済である現代は、お金がないことには何も出来ない。ここに自由をえるための手段でしかない、貨幣=お金を獲得する合理的な方法として資本主義だ、共産主義だというその時代の為政者の都合の良い主義で税金を取る方法になってしまった。
都合よく税金を取るシステムを作り上げた国家は、しかし取り上げた税金を使うために巨大化していく。そしてこの税金を取り上げた国民に平等に使うという税金の配給制度は勤労意欲を無くして行く。社会保障制度の国家依存は国家そのものを蝕んでしまう。
税金が高い国に誰が住みたいか、お金を稼ぐ力のあるものはより税金が少ない国に移り住む。残るものは国家に頼らなければ生活できない弱者になる。国家はそれでは成り立たない。銀行金利をゼロにし、税金を高くする。
これで一体誰が得をしているのか。
沢山の利益を出している銀行に税金がない、これはおかしい。どうしてなのかという説明もされない。多額の利益を出している銀行が税金を払えば、国家予算は潤沢になる。
銀行の問題だけでなく、色々なところに綻びが生じ、日本国家は今、倒産前の会社のようである。しかし、この税金を一手に握っている官僚は、一度も倒産という事態を経験してはいない。これが一番危険なことである。
われわれは今、自由というかけがえのないものを失いかけていることに気が付かなければならない。税金という鎖に縛られ、平等という呪詛にがんじがらめにされている。
自分の仕事に自身と誇りが持てるこんな最低限のことも奪われようとしている。

倹約する者の邪魔をすることによって繁栄をもたらすことはできない。
強者を強くすることによって弱者を強くすることは出来ない。
給料を払うものを潰すことによって給料を貰う者を救うことは出来ない。
階級間の憎悪を煽ることによって兄弟愛を増やすことは出来ない。
確固たる安全を借金の上に築くわけにはいかない。
金持ちを潰すことによって貧乏人を助けることは出来ない。
稼ぐよりも遣う方を多くすることによって窮地を脱することは出来ない。
人の自発性や創造性を奪うことによって、人格や勇気を涵養することは出来ない。
その人が自分でできること、また自力でやるべきことを、その人に代わってやってあげても、恒久的な助けにはならない。
     サッチャー婦人「信念の政治家」より


2.S・スマイルズ著 自助論(国家と個人)
「天は自ら助くるものを助ける」
という格言は、人類の多くの試練を経て生み出されました。
この短い言葉には、数限りない人々の経験から導き出された、人生で成功するなめの法則が示されている。
自ら助けるという、いわゆる自助の精神は、人間が真に成長していくための根本となるもんである。また、この自助の精神が、国民一人一人の人生の中に多く見出されるかどうかを決めるのだ。
人は、外部からの助けを頼ろうとするとき、人間としての力を弱めてします。
これに対し、自分の中から湧き上がってくる自分をたすけるぞという心は、いつまでも、自分を励まし、自分を元気にしてくれる力となるのだ。
たとえ、よかれと思って他人を助けたとしても、その人間は、そのことによって、自分で自分自身を励まして何とかしようという気をなくしてしまうことになるだろう。そして、ついには、その必要性さも忘れてしまうことになっていくのだ。
他人による保護や援助、指導は行過ぎると、その人をまったく無力な役立たたずの人間にしてしまうものである。


3.次に打つ石は
販売促進、広告宣伝、コンサルタントそして本業のカタログ製作の仕事をしているが、大成功と考えていた仕事があるひとつの詰めの甘さから失敗したり、万端尽きたかに見えた仕事が突然前触れも無く、復活するといったことを始終経験している。
どちらの場合もそうなる前に、そうなる原因を作っていることに気が付いた。
ゆうくりと振り返ってみると、偶然に見えることが、偶然ではなく必然であることがわかる。こう考えるとビジネスには偶然というのは無いと考えられる。しかしどう考えても運河良かったとしか表現のしようがない事も起きる。
例えば、資金繰りで不足がでるといった場合、降って沸いたように仕事が発生したり、入金が早く入ったりする。このようなときには神様が恵んでくれたと思うことにしている。
人生のあらゆる面で起きることは、碁と同じかもしれない。悪手を打った瞬間、大きな石が全て死んでしまう。ところが、良い手を打った場合はつまらない石までが生きてくる。
人生経験の良し悪しは、これから打つ石によって決まるのではないかと思う。
人生は自分の努力で盤面を広くできる碁みたいなものだと思う。


4.ローマが偉大だからローマを愛したのではない
「ローマ人はローマが偉大だったからローマを愛したのではない。ローマ人が愛したから、ローマが偉大になったのだ。」
我々が住むこの大和、このヤマトをわれわれは熱烈に愛しているだろうか。
ヤマトは国のまほろば と歌い、あおによし やまとの国は と歌った時代。これほどの想いがヤマト民族なのだ。ローマが偉大であったのには、偉大なローマだから愛したという側面と、愛したから偉大になったという側面がある。先人がこよなく愛したやまと。この偉大なやまとを心から愛してこそ、偉大な、すばらしい国、日本となる。
この町を愛することから、我々の人生を始めなければならない。
偉大な日本、豊かなヤマトのために。
愛すれば必ず答えてくれるやまと。


5.ひさかたの 光のどけき 春の日に
   しづ心なく 花の散るらむ  紀友則
人を愛し、国を愛する。それはふと散っていく桜の花びら、石垣の間から可憐にスミレがさいている。そんなことに陶酔する心であろう。
山路来て 何やらゆかい すみれそう と歌う芭蕉は恍惚とした陶酔状態となる。
ほんの小さな陶酔に人生の全てがある。この恍惚とした陶酔は、決して自分の努力によって獲得したというものではなく、賜物としていただくものである。
考えてみれば、我々が持っている最も大切なものは、生命です。この生命は我々が獲得したものではなく、親からもらったもの、神からもらったものです。
大切な我々の生命は、与えられたものであることには間違いない。いつも無償で与えられるこの恍惚とした陶酔は一人一人のものであり、人を愛する、国を愛する心として、お互いに表現することが自由に満ち満ちた自己表現が出来るすばらしい人生を約束される。
いま我々は、日本民族として気位を高くもって、自己表現の旅に出よう

2007年3月18日日曜日

失敗学、マトリックス、戦争論、仮説論

私は今、戦争論を研究しています。

ダブルスタンダードという方式があるようです。
つまり、白黒をつけないというやりかた、あるいは 白黒の基準をはっきりさせないということ。
この処、このダブルスタンダードが沢山おきています。
政治、経済、あってはならないアートの世界まで 広がっている。
戦争というのはこのダブルスタンダードではなく 利害損得が衝突したとき起きる。
この戦争をしっかりと分析していくと 平和が見えてくる。

どなたか、戦争論について知ってることが あったら教えていただけませんか。

どうも最近の混乱は、資本主義対社会主義が 根底にある、なぜならば 日本の税制は余りにも高い。 この高い税金が官僚組織を巨大化した。
この官僚主導型の社会になればなるほど、 我々庶民は政府に頼る。
この構図が今の閉塞感である。 税制に手をつけなければいつまでたっても この閉塞感は変わらない。
どうも、平和馬鹿が日本をつぶす予感がします。 真剣に戦争論を学ぶ時代が来たのではないでしょうか?!!

なぜか、ビジネスの勝者ではなく、アートの勝者が 世界を作る時代がきたように感じるのは 私だけでしょうか。
http://www1.ocn.ne.jp/~daidou/index.htm

2007年3月11日日曜日

会社を興し、発展させ、しかも世の為になる組織に仕上げるためには!

ビジネスとは一体なんだ。

最近、人間に深みがなくなったように感じるのは私だけだろうか。すべての物がインスタントに出来上がってしまう。コンビニエンス、サラ金、エステ、インスタント食品、生活に必要なものをすぐに手に入れたいと考えることがこうしたサービスを作りあげている。
ビジネスとはこうした欲求に答えることで、そこには善悪という思考は存在しなくなっている。善悪よりも優先することとして位置付けられている。
つまり欲求に如何にすばやく応えることがビジネスでの勝者である。ここに最近のうすべったさを感じる理由がある。いつのころであったろうか、軽薄短小が先端のビジネスの主人の座におさなったのは。重厚長大産業が主力事業であった時代には人間の活力、深みがあった。過去が良かったと思うわけでなはいが、最近のような凶悪犯罪は無かった。
特に顕著にあらわれているのは、ITビジネスだ。ブログであり、ミクシーである。どれほどの必要があるかわからないが、ものすごい勢いで繁殖している。これらのゲームやコミュニティーもサービスという産業に入るのだろう。
コンピュータゲームがない生活は考えられないと話している30台後半のサラリーマンの話を聞いたとき、なぜだか窒息しそうな金魚を見ているような気らした。
北朝鮮問題にしても、人間の尊厳の問題としてではなく、ビジネスの問題として解決しようという動きになっている。我々の尊厳をかけての戦いとするならば、政治の舞台で、経済の舞台で、企業体の舞台であらゆる舞台で真剣に北朝鮮の核に対抗する方法を考えなければならない。核の脅威に対して、ビジネスで戦うということは、負け戦とわかっていて戦う野球の消化試合よりももっと悪い。太古の昔から人は自らを守るために戦ってきた。
この戦いに勝つために必要な武器購入のために、ビジネスを考えた。ビジネスをすることが目的ではなく、自らを守るためにビジネスを行い、武器を買う。
この北朝鮮の核の脅威に対抗するためには、核で対抗する以外には方法はない。
戦争という脅威に勝つためには、太古の昔から行われている自らを守る方法以外に方法はない。その武器を調達するためにビジネスがあるのである。

勝つためには何が必要か。

戦争の脅威、核の脅威、生活の脅威、自然の脅威、われわれを取り巻く脅威は日々増え続けている。しかし、この脅威に勝つ以外には、生き延びる方法はない。
ここに英知の必要がある。今、必要なのはこの英知であり、この英知以外には脅威に勝ち続け人類が繁栄していくことはできない。この英知は戦略であり、戦術という言葉に置き換えることができる。特に競争の激しいビジネス戦争で勝ち抜くには、マーケティングという言葉に変換されているが、相手企業の弱点を突くという戦略以外には方法はない。
例えそれが倫理的に問題があったとしてもである。核戦争であっても、ビジネス戦争であっても勝てなければ終わりなのだ。
そのために、英知を磨き、チャンスを見つけて食らいつく。常に英知を磨き続けること以外にはない。この英知を磨くことが人生の目的であり、生きるということはこの磨いた英知を使い、勝ちを作り上げていくことである。

会社、企業体が出す利益とは。

会社という組織体なくして、現状の日本社会は成り立たない。法人税、源泉税、地方税、消費税と物凄い税金である。これらの税金を使って日本国は成り立っている。会社というビジネス組織はこれだけの税金を召し上げられても活動できるということは、物凄く利益をだせるビジネスシステムである。この大きく利益を出せるビジネスシステムを生活向上の為に利用しない方法はない。つまり、ビジネスシステムを構築すれば利益が舞い込んでくるシステムがビジネスシステムなのである。
そしてこのビジネスシステムは勝ち続けられるシステムでもある。このビジネスシステムを利用したものが勝者というわけだ。
つまり、勝者になるということは、勝ち続けられる武器を手に入れ続けることと同意語なのだ。武器の無い戦いでは、勝者になることは出来ないというのが真実なのだ。

税金で成り立つ組織の問題点について。

税金は時の為政者が使うものである。なぜ人は権力を持ちたいか、それはこの税金を使う権利が手に入るからである。税金という強者にだけ許される強奪方法はこれからも一層強力になっていく、しかも我々の生活を守るためという口実のもとに。それは時の為政者がいつもそうであったように、自分がたらふく食べた残りを与えるということは時代がいくら変化しても変わることはない。税金を使う側になるか、税金を払う側になるか、それとも日本人であることをやめて、税金のない国に移り住むか。いずれにしろ人間社会である以上税金という強者による強奪システムがなくなることはない。

人間は変わらない。

一時縄文の歴史にのめり込んでいた時期があった。特に縄文時代から弥生時代への変遷はドラマチックである。岡本太郎、五木寛之、梅原猛氏と多くの学者、作家、芸術家がその独自の見解を展開している。色々な見解はあるが、その中で一環していることは、ライフ イズ アートということだ。つまり生きることが芸術であるという見解である。
より早く、より簡単な方向に人間の欲望が流れはじめた時期が分水嶺となり、より安易な快楽追求が社会の需要であるというマーケティングのもとに軽薄短小会社の急成長は銀行までが企業を育てるという使命を忘れ去ったように、金貸しに成り下がる。少し上品な高利貸し。ここに日本の縮図がある。人間の幸福度を経済基準で測るようになったのは、たしかに縄文から弥生へ時代が変化していくときに起きている。決して今始まったことではない。たしかに衣食住がなければ生きていくことは出来ないが、しかしこの衣食住だけでは人は生きていけないということも事実である。生活することがアートであった縄文時代に帰ることはできない。だが、人生のあらゆる部分で自己表現をすることは可能である。
この自己表現がアートにまでアウトヘブンされたときに、穏やかに、たおやかに、雄雄しく生きる人生が取り戻せる。現代生活はしかしながら、貧者の一灯ではすまなくなっていることは事実である。

繁栄を求める愚かさと賢明さ。

繁栄と貧困を同じカテゴリーの中に入れてしまうことは危険なことであるが、この方法論が正義になっている。われわれはこの方法論の危険さに気づき、違った方法論を確率しなければならない時期を迎えている。繁栄を求めて努力しなければ、貧しくなるという考えは、果たして真実なのか。すべての人間は繁栄を求めなくなったら、どんな社会がくるのだろうか、仮に繁栄というボキャブラリーが無い社会とすると、それはどんな社会なんだろう。今真剣に考えなければならないのは、このことではないか。繁栄を求めることの愚かさと賢明さが同居したこの時代、それは縄文から弥生に時代の変遷があったあの時代に重ね合わせて考えてみることも、重要な思考方法である。

21世紀は仮説時代。

色々な問題があるにしろ現代社会は繁栄の時代である。少しだけ肩の力を抜いて、繁栄という言葉に対して色々な仮説を立ててみる。その位のゆとりはある。少しがけ立ち止まる。そんなゆとりから、つぎの繁栄が見えてくると考える。
マトリックスを使うマーケティング理論があるが、この理論は何を獲得するという仮説から始まる。マトリックスを逆に使って、何かを失うためのマーケティング理論を構築してみようという仮説が次代の要請に合っているにでは、という考えが人類繁栄の理論として存在しているかもわからない、あくなでも仮説であるが。

2007年3月3日土曜日

展示会のブース製作の引き合いが増えてきている

このところ、展示会のブース製作の引き合いが増えてきている。
展示会専門の業者がいるのにカタログ製作が仕事のわれわれの会社に引き合いがあるのかを調べてみたところ、展示会出展が費用対効の点から考えると効果が薄くなっているというのが実情であり、展示会専門業者は導線とかブースのデザインとか個別にはいいものが作れるが相対的な提案が出来ていないことから、われわれカタログ製作会社のデザイン力に期待しての引き合いであることがわかりました。
われわれは展示会にいたるまでの準備期間から展示会運営をどういう形で進めるのが効果的ということから提案させていただきます。
ブースデザインのためのデザインではなく、企業コンセプトをどう表現し、何を顧客の成果物としてお持ち帰りいただくかということを中心にした企画提案をさせていただき、大型受注に結び付けています。 特にこのところ廃材を出さない工法を色々考え、提案させていただくこともわれわれを評価していただけれ要素になっているようです。
カタログ製作で培ったノウハウを展示会つくりに生かしたご提案を今後とも続けていきますので今後ともよろしくお願いいたします。